ACT30 新たな展開
ようやく、新会社をスタートさせるメンバーが決まった4月頃です。
予想もしなかった新たな展開が起こってきました。
またまた信じられない電話がきたのです。
岩手県のCホームに来たため、しばらく取引してなかった仙台市のHo建材のM部長からでの電話でした。
M部長 「白鳥さんお久しぶりです!。」
私 「え!M部長ですか?。超~久しぶりですねぇ!突然どうしたんですか!?」
M部長 「いやいや、白鳥さんて、いつ仙台に戻ってくるのかな・・と思いまして・・電話しました。」
私 「は・・? どういう意味ですか・・?」
M部長 「いやぁ~。白鳥さんもそろそろ独立して住宅会社でも始める時期ではないのかなぁ・・と思いましてねぇ・・。」
私 「 ・ ・ ・ 」
私 「誰からか、何か聞いたんですか?」
M部長 「いえ、何も知りませんが・・」
私 「え・・それで、この電話内容ですか・・。ちょっとびっくりですねぇ・・。」
私 「実は、今年中に仙台に戻って、会社をおこす予定なのですが・・。」
すごいタイミングの電話内容だったので、どんな展開が待っているのだろうか・・と、
ゾクゾクともワクワクとも表現しにくい感覚を覚えました。
実は、Ho建材では、自社で造っている特殊な木材を広めるためいろいろ作戦を考えており、その中に1つに「小さい住宅会社をバックアップして育ていこう」というプロジェクトを考えていたのでした。
もちろん、木材を優先的に使ってもらう期待値込みの話でした。
その1社として私に会社を興さないか・・の打診であったようです。
M部長さんの話もあり、後日 Ho建材 の Ki 社長 と会うことにしました。
これも「流れ」かな・・と相変わらずです。
Ho建材へは、当然ですがE氏も同行しました。
Ho建材の Ki 社長の話は、大まかには簡単でした。
会社を興すにあたっての助言と、強制はしないがHo建材で取り扱う予定の木材に興味が出れば使ってみないか・・という内容でした。
その中での助言とサポートも申し出てくれました。
Ki 社長 「共同経営は、基本的に難しいぞ。特に2人は、バラバラになる可能性が高い。3人居たほうがいいぞ。」
Ki 社長 「せっかく仙台でやるんだったら、有限会社なんかじゃ格好がつかないぞ。仕事を受注することを考えても、株式会社にしたらどうだ。」という話なのです。
会社を乗っ取る気はないから、不足分を出すというのです。
(当時、『株式会社』にするには、資本金1000万円を準備しないといけないという社会ルールだったのです)
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「出資をする」と、この文章では簡単に書きますが、現実の話ではそうそう簡単な話ではないのです。もしかすると出資したお金は0にもなるのですから、出資をしてくれるというのはかなりハードルが高いのです。
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その時点で、私は200万円。E氏は300万円まで出せました。
牧田に100万円捻出してもらい、残り4割の400万円をHo建材の社長が出すのはどうかという提案がでました。
Ki 社長「そうすれば、誰も50%以上の株がないので、1人の力では独裁的に決裁できないから良いバランスだし、全員株主だから、雇われ社員ではないという立場にもなる。」というのです。
それまでは、私とE氏が出資して有限会社とし、牧田は貧乏旅行の真っ最中だったので、従業員扱いになるかなぁ・・と考えていました。出資者と従業員では、発言力に差があるので、確かに全員出資は良い事だと思いました。
E氏は、発言力のありそうな外部の人間を入れるのは毛嫌いしましたが、「株式会社」という看板には魅力を感じていたみたいで、話し合いの結果、Ki 社長の出資を受けることにしました。
私にとっては、意見を言える人が多いほど丸め込まれる危険性が減るので、願ったりかなったりの話であり、
牧田にはメールで事情を説明し、身内から100万円借りてもらうことで解決しました。
ここに、4:3:2:1という出資比率の株式会社の発足が決定しました。
会社の代表取締役は、自宅を展示場兼事務所として提供するE氏です。
当初はこういうバランスになるとはもちろん考えていませんでしたが、
結果として、会社の登記直前にもっとも良いバランスになることができました。
この「流れ」でいいのだろう・・と強く感じました。
そして・・、
このバランスがのちに私の人生を左右する
大きな「布石」になることも、そのときは予想だにしませんでした。
事実は小説よりも奇なりです
*【流れに従って生きる】は毎月1日に更新していきます *